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2008年10月30日

モンテディオ山形。昇格に力強い贈り物

いよいよ押し迫ったJ1昇格に向けた正念場を迎えるJ2、モンテディオ山形、ベガルタ仙台。
お互い勝ち点3差で、2位と3位。自動昇格を争っている。
そのモンテディオ山形に力をつけてもらおうと、JA全農山形は29日、地元の農産物の差し入れが届いた。
トレーニングとホームゲームの際の10回、あわせておにぎり860個、牛乳380パック、りんご320個、ラ・フランス160個、ジュース720本を贈ることにした。
天童市の練習場で行われた贈呈式で、小林伸二監督は「選手は疲れがピークに来ているので、ありがたい。最後まで気を引き締めてがんばりたい」と謝辞を述べた。
山形と仙台はお互い東北のチーム。
両チームとも昇格して欲しいものだ。
全国でも唯一、県庁所在地が隣接しているとあって、これからが正念場だ。
posted by サムライFC サカキチ日誌 記録の細道 at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マラドーナ、アルゼンチン代表監督就任か

 
サッカーの名選手。あのディエゴ・マラドーナがアルゼンチンの代表監督に就任するという記事を見ました。
マラドーナといえば80年代に最も活躍したサッカー界のスーパースターです。
マラドーナで特に思い出すのは86年のワールドカップメキシコ大会準決勝、イングランド戦でのゴールシーン。
サッカーファンならずもよく知っているあの「神の手ゴール」を思い出すのではないだろうか。
しかし、私はなんといっても「5人抜き」でのゴールシーンである。
ボールを持って反転するやあれよあれよという間に、代表選手5人を抜き去り、ゴールを決めた。
10万人以上を収容するメキシコのマラカニアン?スタジアム(ちょっとあやしいが・・)が、マラドーナ一人のプレーに魅了されたシーンだった。
当時の私はワールドカップをテレビで初めてライプで見た最初の試合でした。
その後のドイツとの決勝でも、すばらしいプレーを見せてくれた。
マラドーナは今でもアルゼンチンの英雄と聞きます。
マラドーナ.jpg
サッカーといえば当時は日本では不人気なスポーツで、日本リーグを何度か見たものの観客はパラパラ。
本当に、「次元」が違うと思ったものでした。
でも、今はJリーグができて、日本もワールドカップに3大会連続で出場中である。
まだまだ、世界に通用する選手は少ないが、いつの日か、ワールドカップで強い日本を見せてくれるのではと期待しています。

posted by サムライFC サカキチ日誌 記録の細道 at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月28日

15年前の悲劇(1993年)

ドーハの悲劇(1993年10月28日)

サッカーJリーグ開幕元年のこの年は日本代表がカタールのドーハでアジア最終予選の最後の試合、イラク代表相手にロスタイム、痛恨の同点
ゴールを許し、手中に収めかけていた初のワールドカップ(W杯)アメリカ大会の出場を逃してしまった。
今でも現役の三浦カズ、ゴン中山ら選手は、試合終了のホイッスルとともに倒れこんた。
その後、日本代表は98年フランス大会から3大会連続出場を果たすが、最初の関門はかくも厳しかったことを物語っている。

ramosドーハ.jpg
倒れこんだラモス瑠偉10(福田8左、ハンスオフト監督右)



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posted by サムライFC サカキチ日誌 記録の細道 at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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